岐阜地方裁判所 昭和53年(行ウ)10号 判決 1982年4月19日
岐阜市茜部中島一丁目一一七番地
原告
園部恵庸
右訴訟代理人弁護士
田島好博
同市加納清水町四丁目二二番地
被告
岐阜南税務署長
石原佑
東京都千代田区霞が関三丁目一番一号
被告
国税不服審判所長
林信一
右被告ら両名指定代理人
岡崎真喜次
同
木村亘
同
植村隆郎
同
亀山忠男
同
小林真人
右被告岐阜南税務署長指定代理人
北川拓
同
大西信之
右被告国税不服審判所長指定代理人
平川正雄
小林俊夫
右当事者間の所得税決定処分等取消請求事件につき、当裁判所は、つぎのとおり判決する。
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
第一当事者の申立
一 原告
1 被告岐阜南税務署長が原告に対して昭和五二年三月七日付でなした昭和四八年分所得税の分離長期譲渡所得金額を金一、三二五万円、本税の額を金一九二万九、〇〇〇円とする決定及び無申告加算税の額を金一九万二、九〇〇円とする賦課決定処分を取り消す。
2 被告国税不服審判所長が原告に対して昭和五三年五月三一日付でなした右各決定処分に対する審査請求を棄却する裁決を取り消す。
3 訴訟費用は、被告らの負担とする。
二 被告ら
主文第一、第二項同旨。
第二請求原因
一 被告岐阜南税務署長は、原告が昭和四八年三月五日訴外有限会社恵土地開発(以下訴外会社という。)に対して、別紙物件目録(一)記載の土地(以下本件土地という。)を目的とする現物出資(以下本件現物出資という。)を行い、その対価として訴外会社の出資口数一万五、〇〇〇口(一口一、〇〇〇円)を取得したとして、原告に対し、後記第四被告らの主張一記載の課税根拠に則り、原告の申立1記載の決定(以下本件課税処分という。)をなした。そこで、原告は、同年四月一八日本件課税処分について被告署長に対して異議を申し立てたところ、被告署長が同年七月八日右申立を棄却する決定をしたので、さらに被告国税不服審判所長に対して審査請求をしたところ、同所長は、昭和五三年五月三一日右審査請求を棄却する裁決(以下、本件裁決という。)をなした。
二 しかしながら、本件課税処分は、以下1ないし3に述べるとおり、原告と訴外会社との間において本件土地の譲渡による移転がなかつたにもかかわらず、それが存在したとしてなされたものであつて違法である。
1 訴外会社の設立無効
(一)訴外会社は、昭和四八年三月一日設立登記を了して資本金五〇〇万円の有限会社として発足したが、その資本金は架空の領収書を作成しただけで実際には同会社に対する払込は全く行われなかつた。また、(二)訴外会社の設立に必要とされる定款作成、社員総会、取締役会の開催等の諸手続は全く行われておらず、それらの手続に関する書類は、社員の一人であつた訴外野田宇三郎(同人は昭和四六年ころからの原告の知人である。)が他の社員の承諾を得ることなく恣しいままに作成したものである。(三)以上(一)(二)で述べたように、訴外会社の設立手続には重大な瑕疵があるから、その設立は違法無効であり、したがつてまた訴外会社に対する現物出資による土地所有権の移転も効力がない。
2 訴外会社の法人格の不存在
(一)原告は、昭和四七年頃尼僧の訴外後藤延照の娘長野恭子に、原告所有の宅地を賃貸したことを契機として後藤と知り合つたが、同人から宗教活動を通じて社会奉仕をするための宗教法人青少年育成センター設立のため、その用地として原告所有の土地の賃貸を依頼され、その計画に賛同して賃貸を約したが、後藤自身土地所有者とならなければ法人設立の認可が得られず、かつ、宗教法人の代表者たる者は僧籍が必要であるところから後藤名義で土地の所有権移転登記をされたいとの後藤の言葉巧みな話を信用し、原告所有の別紙目録(二)記載の土地(以下隣接土地という。)を昭和四七年七月二六日後藤名義に所有権移転登記を経由した。ところが、右宗教法人の設立が難渋し、一方原告も病気となつたので、原告において、昭和四八年二月ころ、右設立は困難であるから前示土地を返還するよう後藤に迫まつたところ、却つて後藤から、法人設立費用として使用した約一、八〇〇万円の金員を要求され、さもなければ原告所有の土地を仮差押すべく、その手続を弁護士に委任してあると強迫された。たまたまそのころ原告と後藤との紛争を聞き知つた前記野田が原告に協力方を申し込んできたので、原告は野田に後藤との紛争解決を依頼し、野田からの財産保全のために名義だけの会社を設立して原告所有の土地の名義を変更すべきことの勧めにしたがい野田に会社の設立を一任した。以上の経過で同年三月一日訴外会社は設立された。また、(二)訴外会社は形式的には設立手続が行われたが、出資金五〇〇万円が支払われず(当初は原告が二、〇〇〇口、野田と訴外位田斉一郎(野田の知人で、原告とは面識がなく、単に名義を借用しただけ。)が各一、五〇〇口)、取締役には原告と位田、監査役には野田が就任したが、営業所もなく、社員総会、取締役会も開催されず、従業員も存せず、会社の目的たる営業活動も何ら行われなかつたし、財産目録、貸借対照表その他計算書類も作成されたことがなかつた。(三)以上(一)、(二)で述べたように訴外会社は原告の財産を隠匿し、もつて後藤からの差押えを回避する目的で設立されたものであるうえ、その有限会社としての実体は全く形骸化していたのであるから、訴外会社の法人格は否認され、訴外会社と原告は同一視さるべきであり、したがつて、土地所有権の移転もあり得ない。
3 通謀虚偽表示
前記後藤からの執行を免れるため、原告は訴外会社に対し本件現物出資を行つたが、その際いずれも現物出資を行い若しくはそれを受け入れる意思がないのにそれらの意思があるもののように仮装することを合意した。ゆえに、右現物出資はその効力を生じない。
三 被告所長は、原告の前記審査請求に対して実質的審査をせずに本件裁決を行つたから、その審査手続は違法である。
四 よつて、本件課税処分及び本件裁決には一ないし三に述べた如く違法な点があるので、原告は、被告ら両名に対し、その取消しを求める。
第三請求原因に対する認否
一 請求原因一の事実は認める。
二 請求原因二の1の(一)のうち訴外会社の設立時における資本金五〇〇万円の払込がなされていないことは争うが、その余の事実は認める。同二の1の(二)の事実は争う。
同二の2の(一)のうち訴外会社が昭和四八年三月一日設立されたことは認めるが、その余の事実は争う。同二の2の(二)のうち、原告と訴外位田が訴外会社の取締役に、訴外野田が監査役にそれぞれ就任したことは認めるが、その余の事実は争う。
同二の3の事実は争う。
三 請求原因三の事実は争う。
第四被告らの主張
一 本件課税の根拠
1 原告の昭和四八年分の課税長期譲渡所得金額は金一、三一七万五、〇〇〇円であり、その計算根拠は次のとおりである。
(一) 総所得金額(不動産所得) 三一万五、〇〇〇円
左記(1)の総収入金額四二万円から(2)の必要経費金一〇万五、〇〇〇円を控除した金額である。
(1) 総収入金額 四二万円
原告が岐阜市茜部大野二丁目一四二番地に所在する原告所有の建物を訴外小池信雄に対し賃貸して受取つた賃貸料である。
(2) 必要経費 一〇万五、〇〇〇円
必要経費(所得税法三七条)の金額は、被告において実額による把握ができなかつたので、やむを得ず原告が申告した昭和五一年分の不動産所得の経費率(総収入金額一四四万円に対する必要経費の金額三六万円の割合)二五パーセントを昭和四八年分の経費率とみなし、右経費率を総収入金額四二万円に乗じて算定した。
(二) 長期譲渡所得の金額 一、四二五万円
原告は、昭和四八年三月五日訴外会社に対し、本件土地を現物出資し、同月六日原告から訴外会社に本件土地についての所有権移転登記が経由され、右現物出資により、原告は訴外会社の出資口数一万五、〇〇〇口(一口金一、〇〇〇円)金一、五〇〇万円相当を取得した。そして、右現物出資は、所得税法三三条に規定する「資産の譲渡」に該当し、さらに租税特別措置法三一条(昭和四九年法律第八号改正前のもの。以下「措置法」という。)に規定する長期譲渡所得の課税の特例が適用されるから、本件土地の譲渡に係る長期譲渡所得の金額は、総収入金額金一、五〇〇万円からその土地の取得費金七五万円を控除した金額である(所得税法三三条三項、措置法三一条一項)。
(1) 総収入金額 一、五〇〇万円
現物出資の金額である。
(2) 取得費 七五万円
措置法三一条の二第一項に基づき、総収入金額一、五〇〇万円に百分の五を乗じた金額である。
(三) 長期譲渡所得の特別控除額 一〇〇万円
措置法三一条二項の規定による金額である。
(四) 所得控除の金額 三九万円
次に述べる(1)及び(2)の合計額である。
(1) 扶養控除の金額 一八万二、五〇〇円
原告の母(園部ハルエ)は、原告の老人扶養親族(所得税法二条一項三四号の二)に該当するので、所得税法八四条二項(昭和四八年法律第八号改正、附則三条二項)の規定による金額である。
(2) 基礎控除の金額 二〇万七、五〇〇円
所得税法八六条(昭和四八年法律第八号改正、附則三条二項)の規定による金額である。
(五) 課税総所得金額 〇円
前記(一)の総所得金額三一万五、〇〇〇円から前記(四)の所得控除の金額三九万円を控除すると課税総所得金額は零となる(所得税法八九条二項)。
(六) 課税長期譲渡所得金額 一、三一七万五、〇〇〇円
前記(二)の長期譲渡所得の金額一、四二五万円から(三)の長期譲渡所得の特別控除額一〇〇万円及び(五)の課税総所得金額の計算上控除されなかつた所得控除の金額七万五、〇〇〇円を控除した金額である(措置法三一条一項、三項二号)。
以上のとおり、原告の昭和四八年分における課税長期譲渡所得金額は一、三一七万五、〇〇〇円であり、被告がなした本件課税処分の課税長期譲渡所得金額一、二八六万円は、右金額一、三一七万五、〇〇〇円の範囲内であるから本件課税処分は適法である。
2 昭和四八年分の課税長期譲渡所得として右記の金額があつたのに原告はこれを被告署長に申告しなかつたので、被告署長は国税通則法六六条一項に基づき無申告加算税の賦課決定処分をなしたのである。
二 本件課税処分に至る経緯は、つぎのとおりである。
原告、野田、位田の三名は、本件土地及び隣接土地にまたがる賃貸ビル(いわゆるマンション)を建設経営する目的で訴外会社の設立を企図した。そして訴外会社は、定款を作成し、社員総会において取締役・監査役の選任を経たうえで、資本金五〇〇万円については払込を受け、昭和四八年三月一日設立登記を了して適法に成立した。また、訴外会社は、取締役会の決議により原告を代表取締役としたうえで、同月九日岐阜信用金庫北一色支店に普通預金口座を開設し、同支店と信用金庫取引を開始するとともに、同年四月五日には同支店から前記マンションの建築費用に充てる目的で金一、五〇〇万円の借入を行い、その後も同支店との取引を継続したし、また、法人税法二条一項九号に該当する普通法人として、被告署長に対して、法人税の申告書を提出している。他方、訴外会社は、昭和四八年三月五日の臨時社員総会において、原告から本件土地の現物出資を受けて金一、五〇〇万円の増資を行うことを決定し、それを受けて、原告が即日本件土地の現物出資を行うとともに訴外会社から出資口数一万五、〇〇〇口(一口一、〇〇〇円)の交付を受け、翌六日その旨の所有権移転登記を了したのである。そして、原告は、本件現物出資につき所得税法三三条により譲渡所得の納税義務が存するにもかかわらず、その法定申告期限を経過しても納税地の所轄税務署長である被告署長に対しその旨の申告書の提出をなさなかつた。
三 原告は、訴外会社の設立が無効である旨主張するが、有限会社の設立無効の主張は、有限会社法七五条一項が準用する商法四二八条により、成立の日から二年以内に訴えをもつてのみなし得るところ、訴外会社の成立した昭和四八年三月一日から二年以内に設立無効の訴えは提起されていないから、この点において原告の主張はそれ自体失当である。
四 つぎに、原告は法人格否認の法理に基づいて訴外会社の法人格否認の主張をするが、法人格否認の法理は、そもそも法人そのものの存続を認めながら、法人格を利用した特定の相手に限つて、その法人格を否認して相手方を保護しようとする法理であり、相手方の利益保護のために認められたものであるから、会社という法的形態を利用した方が相手方を無視して自己の利益に援用することは信義則上許されないというべきである。したがつて、会社という法的形態を利用した者は、たとえこの形態をある経済目的のための手段としたに過ぎないとしても、この形態の背後に存する経済的実態を強調して、会社という法的形態に基づいて生ずる法律上の責任を免れることは許されないというべきであり、この理は徴税の場合においても妥当するものというべきである。本件土地の現物出資についてこれをみるに、明らかに、原告は訴外会社の法形態を悪用しているから、本件土地の現物出資について原告自身法人格否認の法理を主張すること自体許されないというべきである。
五 さらに、原告は本件現物出資が通謀虚偽表示であると主張するが、現物出資は会社の資本を増加させる等の組織的行為であつて、原告主張の通謀虚偽表示の理論が妥当するものではなく、また、原告が訴外会社の代表取締役でもあるから、原告と訴外会社との間に民法所定の通謀虚偽表示が成立するか否かはきわめて疑問であるし、前記のように本件においては、信義則上法人格否認の法理が適用されないことからすれば、原告の本件通謀虚偽表示という主張自体信義則上許されないものである。
第五証拠関係
一 原告
甲第一ないし第八号証提出。証人位田斉一郎の証言及び原告本人尋問の結果援用。乙第一、第三、第四号証、第六ないし第八号証、第一〇号証、第一一号証の一、二、八ないし一〇、第一二号証の一ないし三、第一三、第一四号証の成立認。乙第二号証の三及び第九号証のうち各官署作成部分の成立認。その余の部分の成立不知。その余の乙号各証の成立不知。
二 被告ら両名
乙第一号証、第二号証の一ないし三、第三ないし第一〇号証、第一一号証の一ないし一〇、第一二号証の一ないし四、第一三、第一四号証提出。証人位田斉一郎の証言援用。甲第一ないし第三号証、第六ないし第八号証の成立認。その余の甲各号証の成立不知。
理由
一 原告主張の第二請求原因一の事実(第四被告らの主張一の事実を含む。すなわち、被告らがそれぞれ原告主張どおりの課税根拠に基づいて本件課税処分及び裁決をしたこと。)については、本件各当事者間に争いがない。
二 請求原因二の1(訴外会社の設立無効)の主張について検討するのに、原告は訴外会社の設立無効として種々主張するが、有限会社法七五条一項の準用する商法四二八条一項によれば、該主張は会社を相手に設立無効の訴をもつてこれをなすべく、当該訴訟と関係のない本訴において主張することは許されないから、原告のこの主張はその余の点について判断するまでもなくそれ自体理由がない。
三 そこで請求原因二の2、3(法人格否認、通謀虚偽表示)の主張について判断する。
成立に争いのない甲第一ないし第三号証、第七号証、乙第三、第四号証、第七号証、第一〇号証、第一一号証の一、二、第一二号証の一、三、証人位田斉一郎の証言及び原告本人尋問の結果とにより真正に成立したものと認められる甲第四、第五号証、乙第五号証、同証言により真正に成立したと認められる乙第二号証の一、二、第一一号証の六、七、第一二号証の四、第一一号証の五及び証人位田斉一郎の証言、原告本人尋問の結果を総合すれば、以下の事実が認められる。
原告、野田、位田の三名は、昭和四八年初めころから、法律経理関係に明るい野田の指導のもとで、本件土地及び隣接土地上に賃貸式のマンションを建設経営する目的で訴外会社の設立を企図し、岐阜市日光町の野田の自宅において数回にわたる設立準備会を経て、原告がマンションの敷地を、位田がその建築資金をそれぞれ出資し、野田が会社の経理及び監査を担当することで右三者間に合意が成立し、同年二月二七日定款を作成し、同年三月一日に設立登記を了して訴外会社が成立した。訴外会社は、宅地造成及び住宅・マンション等の建設並びにそれらの賃貸・管理を主たる営業目的とし、本店を原告宅に置き(但し、会社の印鑑、書類等は前記野田の自宅兼事務所に持ち込まれ、同所が本店の実質的機能を果していた。)、資本総額金五〇〇万円(一口金一、〇〇〇円)、社員として右三名を擁し(各自の保有する出資口数は、原告二、〇〇〇口、野田及び位田各一、五〇〇口である。)、代表取締役に原告、取締役に位田、監査役に野田を選任し、位田から出資金一五〇万円及び設立費用の仮払金五〇万円の各払込を受けて、会社としての実体を備えていつた。そして、同月五日には、本件土地の所有権を取得するため、定款を改正して(資本総額を金一、五〇〇万円増額して金二、〇〇〇万円にするとともに、原告の出資口数を一万五、〇〇〇口増加して一万八、〇〇〇口にする。)、原告からの本件現物出資を受け入れ、同月六日にはその旨の所有権移転登記を経由し、同月八日資本総額変更の登記を了した。なお、隣接土地については、その登記名義が原告から他に移転していたため訴外会社に移転登記が可能となつた時点で原告から訴外会社に現物出資される予定であつた。訴外会社は、同月九日、訴外岐阜信用金庫北一色支店に預金口座を設けて同支店と信用金庫取引を開始するとともに、そのころ、前記マンションの建設資金の一部に充てる目的で、本件土地その他原告所有の二筆の土地並びに竣工予定のマンションを担保に供し、さらに社員三名をその保証人とし、マンションの設計図、見積書等を添付したうえで、同支店を通じて訴外全国信用金庫連合会(以下全信連という。)に対し金一、五〇〇万円の借入れ申込みを行い、同年四月五日全信連から金一、五〇〇万円の貸出しを受けた。また、位田は前記合意に従い、マンション建設資金調達のため、訴外株式会社十六銀行から融資を受ける準備を独自に進めていたが、隣接土地の取り戻しは難航を極め、遂には同土地の所有権が他人の手に渡り、訴外会社が原告から提供を受けることが出来なくなつたことが明白になつたため、当初のマンション建設の話は立ち消えとなり、位田も十六銀行からの融資を断わるとともに原告、野田に対し不信感を抱いて訴外会社から遠ざかつていつた。ところで、訴外会社は原告から隣接土地が提供されてマンションの建設に着工できるまでのつなぎとして、右借入金一、五〇〇万円の一部を訴外昭和商会を通して他に融通しており、隣接土地の取得が不可能と判明した後も、引き続き金融関係の業務を継続したが、貸金の回収に滞りが生じて全信連に対する借入金の返済に窮したため、昭和四九年八月二六日、マンション建設断念により不要となつた本件土地を訴外堀江商事株式会社に売却し、その代金を右借入金の返済に当てて、全信連との貸借関係を清算し、そして、その後も訴外会社は細々と金融業務を継続したが、昭和五〇年五月ころにはその業務を全面的に停止するに至つた。ところで、一方において、原告は、尼僧である訴外後藤延照の娘である訴外長野恭子に原告所有の土地を賃貸したことが起縁で、後藤とも知り合い、昭和四八年の初めころ、後藤が主宰し原告が援助を与えていた「青少年育成センター」の設立活動の失敗による残務整理に際して、後藤から同女の原告に対する金一、八〇〇万円の損害賠償債権の存在すること及びその満足を受けるための執行(仮差押)をすることの予告を受けてその対策に苦慮し、同女からの執行を免れるため本件土地を除く数筆の不動産につき野田名義の実体を備えない架空の仮登記を経由したことを認めることができるが、前掲各証拠によれば、他面において、原告が野田、位田との間でマンション建設及び訴外会社の運営について各自の分担を定め、それを念書化していたこと、訴外会社が原告所有の他の不動産とともに本件不動産を担保に全信連から金一、五〇〇万円の借入を行うに際し、原告自身借入金債務につき連帯保証人となつていたこと、訴外会社がその設立にあたつて各役員に対しその地位を表示する名刺を配布していたこともまた認められるのであつて、以上認定の諸事実を彼此総合すると、訴外会社の設立及び本件現物出資の主たる目的は前認定の如くあくまでもマンションの建設、経営にあり、執行回避という意図が原告若しくは訴外会社に何分かにしろあつたとしてもそれは副次的なものにすぎなかつたことが推認されるから、それらは訴外会社の設立及び本件現物出資の効力に何ら影響を及ぼすものではなく、訴外会社は昭和四八年三月一日以降適法有効に成立・存続し、本件不動産の所有権は昭和四八年三月五日原告から訴外会社に本件現物出資により有効に移転し、原告が実質的にもその対価として訴外会社の出資口数一万五、〇〇〇口(一口金一、〇〇〇円)金一、五〇〇万相当を取得したといわなければならない。
四 以上説示したところによれば、原告が本件現物出資に基づいて訴外会社から一万五、〇〇〇口の出資口数を取得したことに対し、被告署長が譲渡所得税を課したのは適法であるというべきところ、前述のとおり、前記第四被告らの主張一の課税根拠に基づき本件課税処分がなされたことについては当事者間に争いがなく、これによれば、被告署長の認定した課税長期譲渡所得金額が金一、三一七万五、〇〇〇円の範囲内である金一、二八六万円であることが認められ、本件現物出資当時の租税特別措置法三一条一項の昭和四八年分の長期譲渡所得の税率を一〇〇分の一五、国税通則法六六条一項の無申告加算税の税率を本税の一〇〇分の一〇とする規定によれば長期譲渡所得税は金一九二万九、〇〇〇円、無申告加算税は金一九万二、九〇〇円(本件所得につき申告が行われなかつた点は、原告においてこれを明らかに争わないので自白したものとみなす)となる。してみると、本件課税処分には、取り消されるべき違法事由はない。
五 請求原因三(本件裁決手続の違法)の事実については、これを認めるに足る証拠がないので、認容しがたい。
六 結論
よつて、本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 菅本宣太郎 裁判官 熊田士朗 裁判官 野村直之)
物件目録
一 岐阜市茜部中島二丁目
地番 二〇番の一
地目 宅地
地積 三〇六・六二平方メートル
二 同市茜部中島二丁目
地番 二〇番の四
地目 宅地
地積 六六一・三七平方メートル